おうちのぶろぐ 汚部屋脱出女の快適生活

36歳で汚部屋脱出。捨てるお片づけ、お掃除、いつでも人を呼べる心地いいお部屋作り。心と思考のお片づけもやってます。

今日も語ります。 うちの夫は、何かあったらすぐに 「しょーがない」 と言う。 私は以前これを言われる度にすごい腹を立てていた。 「しょーがないの一言で終わらせるな!!!!」 でも、この「しょーがない」。 この一言にはいろんな意味がこめられて ... 続きを読む

今日も語ります。










うちの夫は、何かあったらすぐに




「しょーがない」




と言う。




私は以前これを言われる度にすごい腹を立てていた。




「しょーがないの一言で終わらせるな!!!!」






でも、この「しょーがない」。




この一言にはいろんな意味がこめられていることが最近分かった。というより、




自分で勝手にこじつけて解釈してみた。






これは私の解釈のお話。




片づけができていなかった時代。




私はなんでも都合がわるかったり、うまくいかなかったり、




予想もしてないことが起きたりしたら、




いつも何かのせいや、他人のせいにしていた。




「しょーがないかもしれない。。でも。。。。。」




そう、「でもでも・だってだって女」だ。




この「でもでも女」になる理由が解明された。




その理由とは、




「自分の価値観で生きてない」




からだ。




私は大人になってから、さも、自分は自分の意思を持って行動しているかのように思っていた。




が、




私には確たる「私」がなかったのだ。




よく巷では、「自分軸」という風に表現されているが、




この、「自分」、「本当の私」、がしっかりしていないと、




なんでも人のせいにしてしまいがち。




例えば、例えばの話。




旦那が庭に物置を置きたいと言う。




旦那は「こんなのがあってこの物置は使いやすくていいんじゃない?」と言う。




ホームセンターに行き、二人で話し合って、




物置を買って設置する。




重い。




その時に「なんでこんなもの買おうなんて言い出したんだ!!!」




と、夫を責める思考勃発。(その1)




実際使ってみると、思った以上に小さい。




「私はあっちのほうがいいと思ったのに。。。。しんどい思いして設置したのに


収納できなかったら意味ないじゃん。」(悪思考その2)






その使いにくい物置きは「自分の嫌な思い」を乗せて、ずっと庭に立ちはだかる。




それゆえに、毎日庭の物置をみるたびに買おうと言いだした旦那のことが嫌に思える。


(スパイラル突入その3)








しかし、この物置設置の一連の悪思考。




一番の頭に入れておくべきことは、




「私も買うということを承諾したこと」だ。




この承諾した時点で、彼の責任はもう何もないのだ。




自分もこの物置を設置すると決めた瞬間があった。




しかし、悪思考は、その決める時点で、すでに心のどこかで




「旦那が買おうっていったから」




と、しょっぱなから他人のせいにしている自分がいるのだ。




この時点で、「自分」がない。




「彼が、言ったから」、「誰かが言ったから」、




「自分が何か発言して、不具合が起きたら自分のせいになるから




わたしの意見は特に言わないでおこう。」




全然自分がない。




自分の「こうだ!!!!」と自信が持てる主張がないのだ。






これは物置だけの話ではない。




ダイエット。




噂話。




ニュース。




収納容器選び。




迷信。




風水。




占い............






占いなどは、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」




と言われているので、当たらなくても占い師をとかく責める人は少ないだろう。




「そんなもんだよね。」




と受け流すのがわりとうまくできる。




それは、この「あたるも八卦、当たらぬも八卦」という価値観を




うまく自分の中に取り込んでいるから、




当たらなかった時の気分の落ち込みをキレイに流すことができるのだ。




この「自分が思うようにいかなかった時」の対処法は、




「自分」を持つことでずいぶんと改善される。




そして、その「自分」を持つことは、




片づけを通すととても磨かれて来る。




「物を捨てる時」、




「物をとりいれる時」、




自分と物と向かいあうことで、選択と判断、そして決断、これが徐々にうまくなってくる。




物を取り入れると判断し、物を捨てると決断する。






これは考え方も同じ。




情報を取り入れ、自分がいいと思ったことを採用→実行する。




あわなかったら、それだけの話。




「自分」にはあわなかった。




そして、新たなことにまた目を向ける。




そして、また繰り返し。






片づけができていないと、この「次」に行くステップがうまく踏めず、




その場で足ふみしまくって悶々とする。




他人のせいにすることで、さも、自分の気分を晴らしている気分になる。












他人を責めても何も始まらない。




他人のせいにしても自分がが苦しくなるだけ。




右から左に受け流す。




そして新たな事を自分で取り入れ、やってみる。




また自分に合わなかったら




右から左に受け流す。






上手にこの循環ができるようになると




とても気分が楽になる。




自分を自分で苦しめることはない。




そう。今までやってきたことは、誰のせいでもない。




「自分で自分を傷つけていた」のだ。






もっと自分を大切にするために。




受け流そう。




大事なことは、あたためよう。






そして、いいエネルギーをどんどん循環させよう。






そんな風に思ってきた。








「しょーがない」の話に戻って。




この「しょーがない」。。。。


 


何も考えてなさそうにみえるこの一言。




しかし、実際は、自分の中で、




「これは、他人を責めても元に戻らないこと、自分を責めても何にもならないこと。




→だから‘‘しょーがない‘‘。




→それなら次にその経験を生かし、そうならないようにする。




より良い事、物、情報を探していく」




と、完璧に「自己消化」ができている状態なのだな。




と解釈できた。




「しょーがない」の一言にはこんな前後が隠されているのかもしれない。




「しょーがない」と言われると、「それって、責任逃れの言葉じゃない?」と思っていた自分もいたが、




めちゃめちゃ最近使っている。




「しょーがないじゃん!グダグダ言っても!次の対処法考えよ!」




とまあこんな感じに。笑












ま、ほんとは夫はそんなことも考えずに




ただ「しょーがない」が口癖なだけかもしれないが。。。。。。泣






言葉も片づけも奥深し。。。。。。。






さ、もうお昼。








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