おうちのぶろぐ 汚部屋脱出女の快適生活

36歳で汚部屋脱出。捨てるお片づけ、お掃除、いつでも人を呼べる心地いいお部屋作り。心と思考のお片づけもやってます。

2015年04月

やーやーやー。 あの~~~。 この間コメントをいただいて、そのコメントの返信を書きながら思ってた事があるんです。 そういえば私もよくそんなこと考えてたなあ~、って。 「家にお友達を呼びたい。でも家が汚いからなかなか呼べない。 でもキレイにできない。 ...

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やーやーやー。



あの~~~。

この間コメントをいただいて、そのコメントの返信を書きながら思ってた事があるんです。


そういえば私もよくそんなこと考えてたなあ~、って。





「家にお友達を呼びたい。でも家が汚いからなかなか呼べない。

でもキレイにできない。じゃあ、ありのままの部屋をみてもらえばいんじゃないか。」


と、よく思っていたもんだ。

でもありのままの散らかった部屋に人を上げるのがやっぱりイヤな自分。(それも本心なのは確か)

どんなに疲れても、人が来る前にはある程度頑張って片付けをしてしまう。


どんなに割り切ろうとしても「やっぱり無理~~~~~!!!!これはさすがに見せられね~~~」


急に来ると言われても、来るまでのほんの少しの間でも、洗濯物を違う部屋に持っていったり、

散乱してるおもちゃをとりあえずおもちゃ箱にブチ込んだり、

その動きはまさに別人(いつもそれやれよ!!!)


やっぱり、そのままを見せようとできない私。




それは、

「散らかってるな」と思われたくない。

という気持ちと、

「いつもキレイにしてるね」

と思われたい気持ちがあるから。


2年前は常にそんな気持ちでお片づけをしていた。




でも、考えようによっては、こう考えても良くない?




散らかっているのがいつもの光景かもしれないけど、


「いつもキレイな部屋で過ごしたい」と思っているのも本当の自分。(そこに嘘はない!)



だったら、その、「その場限り」だろうが、「ちょっとの間」であろうが、本当に自分が望んでいる部屋にして、そのまま人に見てもらうことは、

「汚い部屋をささっと片付けてとりつくろって見せてる」わけでもなく、

ありのままの自分(自分がそうしたいと心から願ってる部屋)をそのまま見せてるってことになるよね。

いつも、自分が心から望んでいる部屋の状態にして人を上げるってことは、

自分には最高に正直だよね???

そこに他人の目を気にしたりする思いは入ってないもんね???




綺麗な部屋でお茶を楽しみたい。

キレイな部屋で会話したい。

そこに、「今日だけキレイ」とか罪悪感を感じる必要はないよね。

「普段から常にこんな部屋でいたいと思ってますけど、何か??」

「これが本当の私の部屋で、いつもは若干想定外の散らかりが起きてますけど、何か???」




人を上げる時だけキレイな家にしてる自分に罪悪感を感じない。

そこを責めない。


人が来るからキレイにする。

そういう他人目線ではなく、お片づけはいつでも自分目線。

キレイにしたいと思っている気持ちは元々自分の中に秘めてたもの。


そこをもっと見る。





人が来ることは単なるきっかけ。

だとしたら、人が来るからキレイにしてるっていう気持ちを置いといて、

私のキレイって思ってる部屋にお客様をお通ししてあげよ!って気持ちにする。

「私のありのままの気持ちを部屋にしよ。で、その後にお客様がくるだけ」

すると、

前日の片付けが一気に楽しくなる。


ま、普段からできてるにこしたことはないけど、やっぱり部屋は片付けないと散らかるものだから。

一度キレイな状態に戻して、お客様を招いたら、それで終わりじゃない。

自分の気持ちをそこから持続させるように、

また、使ったものを元の場所に戻して、

それをキッカケにまた少しだけでも進めていけばいい。



少しでも、自分が過ごしたい部屋になっていけばいい。


目的が、「人が来るから」になってしまうと、

人が来て、目的が達成されてしまうと、

部屋は見るも無惨に一瞬で元通りのぐっちゃぐちゃ。



もっとその先にある、自分の中にある気持ちに正直になると、

その一瞬を少しずつ先に長く伸ばしていけるかも。






えーこと言うやないかい!!






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やーやーやー。 私たちの人生、生活、思考というのは無数の価値観から成り立っている。 私は、今までのブログ記事で、 「苦しいと思う価値観は手放していけばいい」、とか、 「その時々で、自分がいいと思う価値観を選んでいけばいい」 と幾度か書いていたが、 ちょっ ...

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やーやーやー。


私たちの人生、生活、思考というのは無数の価値観から成り立っている。

私は、今までのブログ記事で、

「苦しいと思う価値観は手放していけばいい」、とか、

「その時々で、自分がいいと思う価値観を選んでいけばいい」

と幾度か書いていたが、

ちょっと漠然としていてイメージがつかみにくいので、

今日はそのことをちょっと書こうと思う。



行きま~す。



人間、一人一人が持ってる価値観は、人によって色々。(それはもうみんな気づいてるはず)




価値観=固定観念=思い込み

といってもいい。

価値観というと、その人が何に価値を見出しているかみたいなイメージがあるが、(それも私の勝手な思い込みなのだが)

価値観は、単に、「いい事」だけではなく「悪いと思っている事」にも当てはまる。




・こうこう、こうした方が良い、すばらしい、美徳だという価値観

・こうこう、こうするのは悪い、違う、不誠実だという価値観




例えば、日本人全体的に思っている共通の価値観=思い込みはこんなことがあるかな。



・ご飯の時には箸をつかう

・目上の人には敬語を使う。

・時間を守る

と、まあ山ほどある。(例え少な!!)


それがまったく通用しない国があるというのも皆知っている。

それはその国には日本人が持っている「価値観=思い込み」が全くないと言う事。


さて、それを個々の単位に細かくしていくと、人の数だけ、人の数以上の無数の思い込みが存在しているわけだが、


とくに厄介なのは、ある人の中ではいいと思っていることが、ある人の中では悪いと判断されている思い込み。


みな、人と関わる時に、この価値観=思い込みの違い、ズレが生じて、怒り、苛立ち、モヤモヤ、さみしさ、悲しさなどが生まれる。


・男親も育児に参加するべきだVS男は黙って仕事

・男は外で仕事VS女は家で家事

・食べ物を残すと罰が当たるVSそんな罰はあたらない

・真面目に勉強するといい学校に入れるVS真面目にしなくても入れる人は入れるし、入れない人は入れない。

・親の言う事を聞くのがいい子供VS自由にのびのびと生きているだけで素晴らしい子供



全ての考えに表の面とそうではないと思う裏の面があるので、

そこは、自分がモヤモヤしたりイライラしたりした感情が湧いたときが、「自分の思い込が相手の思い込みと違う」というサイン。


なのでその辺りは非常に分りやすい。


その自分が、イヤだなと感じた時は「価値観=思い込み」をもう一度見直すチャンス。


その思い込みは

・世間一般の人がみんな言ってるから自分も使ってきたのか。

・親がいい続けてきたことだから採用してきたのか。

・昔の言い伝えだから採用してきたのか。

・学校の先生が教えてくれたことだから採用してきたのか。



そう考えてみて、まずその価値観はどこから出てきて、いつ自分が取り入れたのかをちょっと考え見る。


幼い時に親が教えてくれて、そのまま鵜呑みにして、今でも思いこんでいて、

もしも、

もしも、

その思い込みで自分が苦しんでいるのだとすると、

あなたは、もうそれを手放しても大丈夫。




もう子供ではないし、

自分がどうありたいかという本当の自分を自分に聞くことができる。


誰の指図も受ける必要はない。



そして、親とは真逆の価値観を選択したとしてもあなたを責めれる人は誰もいない。


自分に誠意をもって対応できるのは自分自身。

自分の心を決めるのは自分。



自分に正直になれるのは、他人の思い込みでもなんでもなく、自分が「こうでありたい」と思う事。


もちろん、自分がその価値観を選択することで、相手が

「お前の考えはおかしい」とか、

「お前とは価値観が合わない」と言ってくるかもしれない。


しかし、それはもうあなたの問題ではなく、

「相手の問題」

相手が、ありのままに生きる「私」をどう受け取っていくかは、もう相手の問題であり、

自分の問題ではないのだ。


私がトド(夫)と一緒に暮らしていて、苦しんだときもあり、それによって修正した価値観がある。


そんな価値観がない人には不思議な話だが、

私の思い込んでた事はこちら。


じゃん。


注.:トドといる時の場合

・私は、「ゲームばっかりやるのはよくないという価値観」を持っていた
↓↓↓
・自分のやりたいことをやりたい時に好きなだけしてもいいんだという価値観に変えた


・家族は会話が多い方が楽しいという価値観
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・会話は少なくとも必要な事だけきちんと把握できていれば各々好きなことをして楽しんでもいい。
好きなことをやることで広がる会話もある。


・家族は必ずそろって晩御飯を食べたほうがいいという価値観
↓↓↓
できる時にはそうすればいいが、できない時に無理にしようとしない。
それぞれのタイミング、食べたい時を待ってあげてもよい。

・トド(夫)は時折、家族に行き先や帰宅時間を告げづに出かける時がある。
(相手のスケジュールを把握していないと自分のスケジュールが狂ってしまうという思い込み)
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いい大人が別にいちいち、ちくいち行き先を告げて出かける必要はない。
自分のいきたいところに行けばいい。(自分もほんとはそうしたいのだから)
そして、ご飯に間に合わなければ自分で食べればいい。
こっちはこっちで勝手に食べるから。
それに文句を言うなら、それはトドの問題(文句を言われたことは未だ無し)

とは言っても、私は、自分が出掛けるときはちゃんと行き先は告げる部分は採用




といった具合にかなり今まで、自分が育って来た環境の思い込みをかなり採用していたのを、

「あれ?それってそれがほんとにいいことなの?」って問い直すと、


案外、そうあらなければならないってことはとても少ないことに気づく。


そして、それを感じたら自分の心地いいほうに修正していく。

それを、最初は意識してやっていたが、今では自然とできるようになった。

するとストレスレベルがいつもMAXだったはずの自分が、

ほぼストレスフリーになってきていることが分かった。

もちろん、瞬間的にイラっとしたり、むかついたりすることはあるが、

日常的にいつも私を悩ませる問題ではなくなってしまった。




私の出した例もあくまで私の価値観であり、私の思い込み。

友達といっしょに居る時とかは、きちんと行き先を告げたり、一緒にご飯を食べたりと、トドの時には使えなかった価値観もちゃんと使い分けている。

(TPOを選んで価値観を選び直す)



その時その時で、今自分の思いこんでいる事は、この場所、この相手、この雰囲気、自分に対して、

上手く働いているのかどうかを考えると、

イライラしている時ほど、全く機能していないことが分る。

それをちょいちょい修正したり手放したりしながら、

日々の生活を穏やかに、

楽しく、

自分を苦しめることない開放の方向へ導いていきたい。



何十年も思ってきた思い込み。

その思い込みは、自分にとって心地いいものですか?

それとも、そろそろ手放しても良さそうですか??








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やーやーやー。 kaitekiーー!!理論ばっかり語ってねーで、片付けの仕方書けよ!! えーえーえー。 やーやーやー。 片付けの仕方ねー。 それは、ズバリ 物を減らす事です!!! エヘ。 その物が減らせないから困ってるんですよね~。 えーえー ...

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やーやーやー。


kaitekiーー!!理論ばっかり語ってねーで、片付けの仕方書けよ!!


えーえーえー。

やーやーやー。



片付けの仕方ねー。


それは、ズバリ



物を減らす事です!!!






エヘ。







その物が減らせないから困ってるんですよね~。


えーえーえー。

私もまだまだ減らしきれてないので、

研究途中なんですよー。


けど、これまでの研究の事をちょいと書きますと、


以下のようになります。




片付けは、


・やらされている

・してあげている

・私がこんなに頑張っている


という気持ちを持ち続ける限り進まない。



捨てれない。




不満な気持ちがいっぱいあるから物を手放せない。(物と一緒に抱えてる自分の気持ち)



要は、この気持ちが減ってくると、すごくやりやすくなる。


じゃあどうやったら、その気持ちを減らせるのか。


それは、毎日、自分が自分を褒める事。


・自分を大事にする事。

・自分を大好きになる事。






すると、やらされている感が減っていき、

苦痛やストレスが減る。


その事で、「片付けは自分のため」と自主的にできる行為になる。


自分のためにやっていることなので楽しい。

自分のためなら、少しでも家事を楽にできる環境に変えていきたいと思う。



それを続けると、

いつもより少し楽に片付けができてる自分に気づく。



すると、また自分がステキと思える。


また進めていこうと思える。


それの繰り返しで、まるで、違う自分に変わっていく。


気付くと、家政婦に感じていた自分が、

誰の指図も無しに、

自分のための片付けをやり始めてることに気付く。




人間は、多かれ少なかれ、自己中心的。


しかし、その自己中心的をはき違えてはいけない。


やってはいけない自己中。




・私をもっと褒めてほしい

・私がこんなに頑張っているからあなたもやってよ

・私だけいつも動いてるのはズルイから私も楽をしたい

・いつも私は人に気を使っているから、人も私に気を使って欲しいと願う

・自分が人にしてあげてることと同じ分だけの見返りを求める


その自己中心は、他人の道を生きている可能性がある。


他人から求められてる自分になろうとしている可能性がある。


そうではなく、

なるべき自己中心的は、


・自分が求めている自分。

・自分を大好き

・自分をいつも褒める

・他人ではなく、自分を満足させる

・自分を癒す

・自分を休ませる

・自分の心を素直に出せる自分

・いい事も悪いことも許す自分





それをすると自分が満足するので、

ある意味他の人はどうでもよくなる。(口悪いね)


自分はいつでも満足なので、

他人が何をしても許せてくる。



自分の道を歩くので、他人の道を尊重できる。



そうなってくると、もはや片付けだけの話にならない。


生活、人生が変わってくる。



一回り大きくなった自分は、汚い部屋はますます似合わない。


自分を満足させているように、

家族にも満足してもらおう。

家にも満足してもらおう。


そんな働きかけの気持ちが湧いてくる。



心の中はドロドロで腹黒かったkaitekiも、

何よりもまず自分!!


というスローガンを掲げてから、(いつかかげた?きっと片付けを始めた時から!)


黒が灰色になり、灰色が、段々と白っぽくなってきた。


真っ白かと言われたらそうじゃないが、


だからといって責めたりもしない。


それも自分。



どこまでも自分を愛する自己中心。


昨日に引き続き、

部屋が片付かない人。


まず、自分を褒めるところから。


もし、進まなかったとしても、

決して


決して



責めない。



またできるようになるから。


この腹黒いkaitekiさえ変化が見れたのだから。


(腹黒さが落ちてしまって、若干面白みに欠けてしまってるkaiteki。腹黒卒業も寂しいね…やっぱり残しとこうか)


それでもいい。

今まで他ばかりに目が行って、

自分の事を無視し続けた結果が部屋に現れているのだから、


これから自分を大切にすれば、

また素敵な部屋になる!!


なんでもいいから、

今日も自分をいたわってあげよう。






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ぬり

やーやーやー。 心理学に興味があるくせに、心理学者の名前は全く覚えれないkaitekiです。 さて、今日は家が片付いてない人を心理学的に見てみようかと。 真面目でーす。 ちょっと、理屈っぽく見えるかもでーす。 でも、思ったこと書きまーす。 家が片付かない ...

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やーやーやー。

心理学に興味があるくせに、心理学者の名前は全く覚えれないkaitekiです。


さて、今日は家が片付いてない人を心理学的に見てみようかと。


真面目でーす。


ちょっと、理屈っぽく見えるかもでーす。


でも、思ったこと書きまーす。





家が片付かない理由に、

・物が多いから

・家族が散らかす

・精神的に不安定で片付ける気持ちにならない

・忙しい

など色々あると思うが、

上に書いた理由はそれぞれ「原因」

上のような原因があるから、

結果、片付かない、という「原因」と「結果」の理論。


すべての事は「原因」があるから「結果」があるという事を、ある心理学者は言う。



一方、これを別の心理学者に言わせると、

人は何かしらの目的のために、原因を作り上げているという。


「片付かない状況=原因、を無意識のうちに作り出している。自らが何らかの目的のために作り出している」という事。



人には、自分でも気づいていないような何らかの目的があり、

家が散らかっているとという原因を作り上げている可能性がある。


そんな!!!


何の目的のために??

散らかった部屋が好きなわけないでしょ!!!


その目的っていったい何なのさー!!





考えられる目的とは、



・誰も家にあげたくない←人との関わりを避けたい(目的)があるために、片付いていない状況を作り出し、それを言い訳に人を家にあげなくてもいい状況を作っている

人との関わりの恐れ



・旦那にガミガミ言われる←ガミガミ言われる事は嫌と思いながらも、家を散らかしてる間は旦那が自分に注意を払っている。その事で、自分に注意を集めることができる(目的)という事を無意識のうちに考え、片付いてない状況を作り出している。


人から無関心になられる不安、恐怖




・他人に当たり散らす←怒るという行為(目的)を片付けができていない状況を作ることで、怒りの矛先を向ける人を作りあげる。

矛先は、実は誰でもどこでもいいが、家庭という一番無難な場所、人を選び、それをターゲットにして怒りをぶちまけている。

隠れている怒り・ストレス・不安




と、こんな具合に、片付かない状況を、単に片付かないで終わらせるのではなく、

何か目的があって、自らが作り出しているものと考える。

すると、隠れた部分、見えない部分、深層心理で何か違う目的が自分にはあって、それが片付いてない部屋という現実を作り出しているという事と考えられる。


物の単位でみれば、

もったいない=以後手に入れれるかどうか分からない不安、執着


などが考えられるが、

部屋や、家単位で見ると、こんな風に考えて見るのもまた自分が本当は何を目的としているのか考えていけて面白い。



実はその目的の部分は、自分にとって見たくない部分。

誰だって、他者との関わりを避けたいと思っている自分に直面したくないし、

周囲の注意を一身に集めたいとか、

孤独を感じている、

怒りが溜まっているとは考えたくないからだ。




要は、自分がマイナスだと思っている部分は認めたくないという事。




しかし、それらは本当にマイナスの感情であろうか???


今なら、私は

「他者との関わりを面倒に思う自分」

「他者との関わりを面倒に思いながらも、孤独になるのは嫌な自分」

「自分にも怒りを持ち合わせている」という自分をそのまま受け入れる事ができる気がする。



それは悪い感情でも何でもなく、生きていれば湧いてくる、自然な感情。


人はいつからか、それらの感情を

「悪いこと」と思い始めてしまったが、


それはごく自然な気持ち。


誰にでも起こりうるし、他にもそれに似た感情は山ほどある。




負の感情を抱くことを悪いことと思い、その感情を押し殺してしまうと、現実にその感情を思い出させる事を引き起こす。




ということは、その辺りを切り崩し、

自分の中にある感情と上手く付き合う事ができれば、

部屋は一気に片付いていくのではないだろうか。


部屋は心の表れ。


どこに自分が引っかかっているのか。


それは、片付けをしながら考えると見えてくる。




kaitekiついに、頭がやられたなと自分でも思うが、これはこれで幸せです。






いつも読んでくださる皆様本当にありがとうございます。
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やーやーやー。 ご無沙汰しておりますどぇ~~。 ここ数日、kaiteki何をしておりましたかと申しますと、 神さまとお話をしておりました。 なーんちて!なんちて!!! 本当は、私が神さまとお話をしてたわけではなく、 神さまとお話をした人の書いた本を読んで、 ...

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やーやーやー。

ご無沙汰しておりますどぇ~~。

ここ数日、kaiteki何をしておりましたかと申しますと、

神さまとお話をしておりました。




なーんちて!なんちて!!!


本当は、私が神さまとお話をしてたわけではなく、

神さまとお話をした人の書いた本を読んで、

目から鱗をボロンボロン落としていた。


そして、私という人間をまたまた分析していた次第でおじゃる。




たまたま、どなたかのブログを読んで、

さとうみつろうさんの

「神さまとのおしゃべり」

という本の紹介を見た時に、kaitekiは居てもたってもいられなくなり、

そっこう本屋に走った。


そして、見てびっくり!

その本の分厚いこと!!!!!



こちら、

じゃん!




これじゃ、分厚さ伝わらないが……




分厚さとはかけ離れ、

ほんとになんと読みやすく、

止めにくく、

また読みたくなり、

そして、そ~~~~なんだ~~~!という発見の多い内容だこと。(私にとって!)



私はこの「さとうみつろうさん」の存在を初めて知ったのだが、

アメブロで、長く「笑えるスピリチュアル」というブログを書いていて、

サラリーマンを辞め、今や、世に幸せを撒き散らしている人である。


しかも、この本、初版された時は、売り切れ続出のとっても人気の本だったらしいが、

その時、kaitekiは、この人の事も知らなければ、この本の存在も知らなかった。

今、この本に出会え、すぐに手に入る状況になったことも不思議だなあと感じながらとにかく読んだ。


もちろん、家で読むので、500ページほどあるこの本を、誰の邪魔も無しに一気に読むということは

ほぼ不可能。


子供や、家事に邪魔されながら読み進めたわけだが、

その邪魔されながらも不思議と心が落ち着いた状態で読み進めれた。


すんごくかいつまんで言うと、

「自分が信じた事だけが全て現実となって起こっている」

ということ。(かいつまみすぎた!)


引き寄せとか、心理学とか色々な本でも似た事が書かれていたりするんだが、

この本は

「信じているのに、現実にならないワケ」や、その「信じているもの(信念)などを邪魔する価値観」などを具体的に主人公の日常生活に沿って書いているので実に読みやすい。

そして、特にフォーカスされていたのは、会社の人間関係だったり、自分がどれだけ宝くじに当たりたいのに全然当たらない事とか、

人の死であったり、幸せや現実。

お金に関しては私もかなり悩んだので、かなり読みやすかった。


思った事が現実となると言えど、

実際は思っても無いこと、良くない事、悪い事なども現実になってるじゃ~~ん!!!

って言う人も、なぜそれが現実になってしまってるかということもちゃんと教えてくれている。


なんか納得いかない!と言う事はなく、


「スッキリ!」

じゃあ、早速思考変えなきゃね!って気分にさせてくれる。




「信じた事が現実になる」というくだりだけを見ると、

いつもの「引き寄せ」の感じの本なのかなと思ってしまうが、

私にとっては新しい価値観だったり、

たとえ、聞いたり読んだことのある内容でも、

それをまた新しい視点で書いているため、

ページをめくる手が止まらない。

早く次も読みたいし、

この本を読んだらまた新しい考えに変われそうな気にさせてくれるところで、

焦りも消え、子供にも穏やかに対応できていた。


いつもだったら、「も~~~~!本読んでるから後にして~~!」

とか言ってただろうが、

今回はいちいち手を止めて子供の要求に相手をしていた。


人間の思考を、科学的に見たり、哲学的に見たり、心理学的に見たり、感覚的に見たり、客観的に見たり、情熱的に見たり、

色んな見方があると思うが、

私のブログを読んで、私の書いている内容が好きな人には大いに楽しめる本!!!!!


心理学的、スピリチュアル的、哲学的、チョイ科学といったとこだろうか。

私にはひさびさにグイグイ来た。

何より楽しめたのは、主人公と神さまの罵倒しまくりのやり取り。(もしかしたら、そこが一番好きなのかも!普段できないから!)

主人公が私たちの気持ちを神様にそのまま投げかけてくれてると言う感じで、実に面白い。




「ど~せ、信じたところで、自分の現実なんてかわらない。。。」


と若干冷め気味に思ったり、



「やっぱり現実なんてこんなもんよね。。」


と諦めモードの人には、


「わ!!!!!今すぐ思考かえなきゃ私の幸せがヤバいわ~~!!!!」


と思わせてくれる一品。



ちょいと日常を違った目で見てみたい人、ぜひお試しあれ~。






いつも読んで下さる皆様ありがとうございます。
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