やーやーやー。



私の書く理論は全てが矛盾しています。


片方を強く押すと、

片方の理論が破綻し、

もう片方を強く押すと、

もう片方の理論が破綻する。




けどそれは、どちらかに正解があるということが前提になる。






そうではなくて、

どちらも正解。

どちらも間違ってはいない。


自分が見えないとき、

どっちが正しいの?

どっちを信じたら私は幸せになるの??

と思ってしまう時があるかもしれない。




幸せを感じろと書くと、

恐れや不安を無くそうとして、

自分が持ってる感情を抑えようとしたり、

また逆に


そのまま感じろ!と書かれていたら、


恐れや不安をそのまま感じる。

でもなんだか、

幸せを感じることから遠のいてる気がするときがある。






けど、


どっちでもいいんです。

その外側の答えの中に正解はないから。


どちらかに絞ろうとすることは、

苦しみを増やすだけ。




どちらの自分でも許せるとき、

まず、理論や正解の苦しみから抜け出せます。



どちらの自分も許してるとき、


例え、それが悲しいや辛い、苦しいという感情でも幸せなのです。



出せなくて苦しいじゃない、

出すことで感じる喜びを感じられます。

出すことがすでに、どんな自分でも許してるということなのです。



考えること、感じることを丸ごと許されているとはなんとも自由なのです。






理論がこう言ってるから…こうだろうという正解探しを辞める。


最初は、なんとも言えない居心地の悪さがつきまといます。


正解がない中に身を置くと、

正解に慣れていた私たちは、とても不安定に感じるのです。




けど、大丈夫です。



その不安定さが

安定に変わり始めます。


それが自分のスタンダードに変わるのです。





理論やツールを使いながらも、

自分の心に直接答えを聞く、

心地いいところに辿り着く方法を

自分で探すこと。



宇宙はそれを大歓迎して応援してくれます。



答えはいつも自分が持っています。


人に聞く前にまず自分に問いかけてみる。


それを癖にする。


どんな答えが出てきても、応援してあげる。

味方でいる。


すると、

周囲も、

味方だよ

と教えてくれはじめます。




どんなに、最悪に見える答えでも、否定から入らない。

否定したら、否定してる自分をそのまま見てあげる。


どこまで行っても否定し続ける自分をも見続けると、

やがて肯定に変わります。





どんな時でも

自分は自分の味方。



自分と宇宙と今と未来への最大の信頼です。








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