やーやーやー。


ご無沙汰ですどすー。


私たちは、観念が作り出すストーリーの中で生きていて、実際は、そんなストーリーが起きてようと起きてまいと、

それとは関係なく全部起こってたんですがな!!ドッカーン!!わはははははは!ということを最近ちょくちょく書いておりますkaitekiです。



赤ちゃんの時にはこの観念がいっさいないわけです。

幼児くらいになったら、少しずつ持ち始めるかな。

けど、子どもって、後先あまり考えないじゃないですか?

今を生きてる〜って感じっていうか、

今を生きてる!って観念すらない!笑

というのも子供は時間という概念の中に生きていない。

昨日と明日の区別もつかない。

明日のこと昨日言うたりね、

明々後日が何日後かも分かってないし、

1年先の話したところで、

たぶん、ありゃ想像すらついてないね!笑


子どもにとっちゃ、どーでもいーんですねー。


理解できてないとか、年齢が低いからとかじゃなくて、単にそういった観念がないんですね。


真っさら!


見るものは全て新しいし、

興味があるし、

疲れ知らず。


体力もほぼ無限だし、熱が出ても遊んでる。

熱が出たらしんどい→寝とかなあかん!って観念も持ち合わせてないんですよね。

だから、寝とけ言うても、寝ない。笑
(寝とけくらいは理解できる年だとしても
寝なきゃママに怒られるとか、
寝なきゃ長引いてー…
寝なきゃ明日の学校に差し支えるとかない(笑))


ま、寝る必要がないってことですね。(*´艸`)ほんとに動けないときは寝てますわ。


そして、徐々に、大人、社会、教育は、観念を子どもにちょっとずつ教えはじめ、

言葉、経験や記憶もさらに付け加わっていき、

実際に目の前で体験してることではなく、観念の中で生き始めるようになるんですねー。


私たち大人もそうです。


自由、平安、無邪気、無垢

それがデフォルト。


そこにいろーーーんな、ラベル、観念、記憶、想像がくっついてくると、

目の前に起こってることはさらりと見過ごされて、

観念や想像のほうがあたかも重要であるという錯覚が起きるんですね。


こうやって書いてると、

じゃあ観念は邪魔やんけーーー!!ってなるんですけど、

観念もちゃーーんと生きる上でお役に立ってるんです。

子どもって、

怖いもの知らずで(観念ないから)

熱湯触ろうとしたり

道路飛び出てダンプに突っ込もうとしたり、

包丁やカッターとかも、自分が上手に使えるか使えないかは全くお構いなしに使いたがったり。


記憶と観念があるおかげで、

毎回熱湯で火傷、

毎回ダンプに引かれて救急車、

ってことが避けられてるんですね。


コミュニケーションをとるときも、言葉があるのでとっても便利です。



けど、この便利機能も、

必要以上に採用すると、

時に苦しくなっちゃうわけです。

便利機能ありすぎて、逆に不便みたいなの家電でもたまにありますね。(*´艸`)


人とコミュニケーションとるときに、必要以上に自分の持ってる観念を持ち出すと、相手と上手くコミュニケーション取れなくて、苦。


何か新しいことをやるときに、必要以上に持ち出すと、やるのに尻込んで、できない自分に苦。


何もしなくていいのに、何かしなきゃ!と焦りや無価値感が必要以上に出てきて苦。笑


てな感じで、


元々何も持ってなくて自由だったはずなのに、

見えない重荷を背負い込み過ぎて、

ストーリーの中で閉じ込められて、理由はわからないけど、生きるのが窮屈みたいな感覚になってくるんですね。


で、じゃあその観念はどっからきたのかといったルート探しが始まっちゃったりするんですが、

そのルート探しはキリがないんですね。



それも、ストーリーの中でやっちゃってしまうので。


そうではなく、

観念はただの観念であり、

そこがリアルじゃないんだよ!

ということを毎回思い出していきたいんですね。


観念でできてるストーリーのほうがリアルな現実ではなく、


リアルなのは今、実際に起こってることです。

そこは、ほんとにストーリー的なことは何も起こってません。

ただただ新しい経験が沸き起こってるだけで、

それも、次の瞬間には消えて無くなってるんですね。


「強烈に今を生きる」

とか

「刺すように今を生きる」と

表現されてる人がいますが、


なぜ、そうかというのは、

それが起こると、

ストーリーが消えるんですね。


今というのは究極に何もないんです。


何も起きてないんですね。(ストーリー的なこと)


だから、自由なのです。


いつも自由の中にいる子どもは伸び伸びしてて楽しそう(*´艸`)



だけど、その自由は、自我ちゃんから見ると究極に退屈で、平凡に感じることさえあるわけです。


それが嫌で、ストーリーに逃げ込むんですね。

そっちのほうが、スリルがある!刺激があるように感じるのです。

ま、だから、やっぱりみんな好きであーでもないこーでもないってやってるんですが。笑



無理やりお話まとめますが、


もし、お子さんとかで、

「言っても言っても聞かないー!!」

「ムキっーーー!!」ってなってたり、

「やることなすことにイライラするーーー!!」ってのがあったら、

観念がなく、自由に生きてる正に自分のお手本やーーーー!!!

くらいに温かく見守ってみて下さい❤︎


子どもがいきなり、神や!師匠や!!って見えることもあるやもしれません。笑

わたしにはありませんが(←ないんか~い!)

いや、でも、神や師匠とまでは思わずとも、

自分が当たり前のように思っている価値観ですら、相手は持ってないんだから、しゃーないわなという軽いあきらめの助けにはなります(*´▽`*)



言うことを聞かないっていうのも、

言うことを聞かせたいって思いがあるからで→なんで言うこと聞かせたいん?って問うと、そこにもやっぱり観念でびっちり固まってる自分に気付けたりするものです。(言うことを聞かない相手を変えようとするのではなく、言うことを聞かせたくなる自分をみてみるだけでオッケー!)



で、その観念ってなんやった?って言うと、

ただの考えであって、実体も何もない、

オバケのようなもので、

存在しないオバケをリアルに信じ続け、

オバケ怖いーーーって、

いないオバケをずっと避けたり、乗り越えたりしようー!というストーリーの中で戯れてたってことなんですね。









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