やーやーやー。


「そんなのたまたま」

「そんなの偶然」

を、




一回だけのこと。

滅多にないこと。

珍しいこと。

まぐれ的。




という「そんなに頻発するもんじゃない」って意識で流しちゃうのはもったいない。



自分の意識が起こしたとことにしちゃうと、

すごいことになってくる。


たまたまがたまたまじゃなくなり、

たまたまが頻発し始める。


頻発し始めると、

確信に変わってくる。



今まで偶然だと思ってたことさえ、

意識が全部作り出してたように見えてくる。



そういう目で世の中を見始めると、

ますます、たまたまが増えてくる。

そうすると、

ますます、たまたまじゃなくなってくる。


やっぱり意識かって。

やっぱり自分(宇宙)が作ってるのかって。





自分が創造できてないことで落ち込まない。


たまたまをサラッと流して、できてない9のことに目を向けるんじゃなくて、

創造されたたまたまの1のことに目を向けてるだけで、

また2つ目の創造が始まる。


その1ずつを見てくだけで、


全部やはり創造してるという意識に変わりはじめる。




「やっぱりダメだ!」は創造のストップ。

「やっぱりそうだ!!」は2つ目の創造を産む。

どちらの確信も自分の中で創造してるもの。



その自分の意識の創造が、

現実の創造にも反映される。


けど、

現実に反映されなくても何ら問題はない。


むしろ繁栄されなくても問題がなくなる。


それほど、


意識の平安、拡大と繁栄は、

その内在だけで、

大きな希望、安心、満足をもたらす。


意図して得ようとしている、

現実世界で受け取ろうとしてる感覚が

内側で起こりはじめる。


すると、

現象として起こらなくても、何も問題なくなるし、

影響されなくなる。


全く予想もしないことでの現象に置き変えられて出てくることがある。


けど、起きればわかる。意識が作り出したことがはっきりと見える。分かる。受け取れる。


受け取るものを限定しない。

今と未来を、既存の方法で見て結果を決めつけない。




現象は常に移り変わるから、

受け取ってもいつかは手放すことも起こるし、

形自体はすぐになくなる。


けど、

大元の創造の意識だけはなくならない。

操作するのは、

映し出されている現実(現実世界)じゃなくて、

創造の元のほう。



動かそうとするのは

鏡の中の自分ではなくて、

鏡を映し出している自分。


それも、現象の自分ではなく、


その現象の自分をも作り出している意識の自分。




現実世界を作り出している意識のほう。


まずは、

出てきたたまたまを、

自分の意識が作ったことにする。



意識の向け方が一気に変わる。


エネルギーの向けなきゃいけない方向は

現象なのか意識なのかがはっきりとわかってくる。




現象は関係ない。


常に意識が1番落ち着いて、安心して心地良いところを選び続ける。


現象は後から勝手についてくる。













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