おうちのぶろぐ 汚部屋脱出女の快適生活

36歳で汚部屋脱出。捨てるお片づけ、お掃除、いつでも人を呼べる心地いいお部屋作り。心と思考のお片づけもやってます。

カテゴリ: 新・主婦の心の鍛え方

やーやーやー。 今年も残りわずか。 ほんとにあっという間でしたー!! 新年用にしめ縄を準備。 私の大好きなプチロンさんで買いましたわ。 最近のしめ縄はかわいいーーー!! しめ縄をアレンジなんて、ひと昔私の私には無かった発想。 さてさて、 今年一 ...

続きを読む
やーやーやー。


今年も残りわずか。


ほんとにあっという間でしたー!!


新年用にしめ縄を準備。

私の大好きなプチロンさんで買いましたわ。






最近のしめ縄はかわいいーーー!!


しめ縄をアレンジなんて、ひと昔私の私には無かった発想。



さてさて、

今年一年、未来の不安をほぼ感じずに過ごした私です。

その中で感じた事は、


「ほんまに未来なんて案ずる事はない」


って事です。


ほら、昔、良く言われてたんです。

先のこと考えて今行動しないと、怖いことになるで。

良く考えてから動くのがいい。

今それやったら、次の楽しみがなくなるで。

今貯金しとかんと、先でなんかあったときに苦労するよ。

今我慢したらまたいい事あるから。


そういった言葉(思い込み)に縛られて、

今をとりあえずスルーしてたパターン。


今したいことを我慢して、喜びを先で受け取ろうとしたり。

これ、我慢したら、次は倍の喜びを味わえる…とか。笑


けどね、それ、いつまでたっても受け取れないって思いました。


今、受け取れないんだから、


先の「今」になってもまた先送りするってやつ。


今存分に、思うこと、感じること、やりたいこと、やりたくないことをそのまま経験すれば良かっただけでした。


やったことないから、最初は不安。

不安に飛び込むのって勇気いるけど

その不安の中にこそ、見たい景色があるって言うのかな。

ま、結局、そこには何にもないんだけど、

何もないこと、何も心配もいらないこと、

全てはそのままで問題ないってことに対して、

勝手に心配したり不安になってただけで、

それらは全部錯覚なんだよってことだったんです。



未来も過去も頭の中にあるだけ。


今起こってないことに対して時間とエネルギーを消費するより、

目の前のことをただ楽しむだけでいい。


今にいるだけで、こんなにシンプルに目の前のことと共に過ごせる。


なんや、そんなんで良かったんだ。


上手くいくこともいかないようにしたり、

上手くいったとしても、山あり谷ありにしてドラマを作ってたのは自分だったんだなって。



まずは、「こうやったら、こうなる」っていう過去の経験で染み付いてしまった概念をリセット。


何かやる度に、不安とか心配が出てきたら


「いつも新しいし、今回はどーなるかわからんし!」って気持ちで起こることを信頼する。(根拠なしに!)


原因と結果の法則を当てはめない。


こうやったから、こうなった…という分析は、自分を責める材料になりがち。時に後悔の念を強めます。

こうやったら、こうなる…という予測は未来の可能性を限定する。こうやったら、どうなるかわからない!が真実!笑


起こることは毎回新しい体験だから。


起こる出来事に、「原因と結果」という概念をいつも人間は後付けで当てはめてるだけ。


こうやったら、こうなるって決まったようにならないことのほうがむしろ多い!!


コップは落としたら割れるって言うけど、割れないことだってある。

割れたとしても落としたことと結びつきはない。

そこには「落とした」と言う経験と

「割れた」っていう経験があって、

2つはほんとは結びついてない。


結びついてないものを、

落としたから割れた…と私たちは即座に原因と結果を当てはめ、

そこから、

なんであそこで手を滑らせたんだ、

注意が足りなかったとか、

子どもが騒いだから気をとられたとか、

どんどんどんどん話を膨らませてしまう。



実際は、

落とした!終わり!!

割れた!!終わり!!

以上、理由なし!!!


そうだからそうだった!!以上!!


こんなにシンプルなこと、

一個一個完結のことを、

私たちはどうしても結びつけて納得させようとする。

そして、結びつけて話をビッグに引き伸ばしていく。


理由もなにもない

ただそうだったとシンプルに終わらせるだけで、

次の今に新しい可能性が常に広がる。




1つ1つの経験をシンプルに受け止め、

未知に心を開くと

全ての単純さに驚く。




話がえらい逸れた気がするけど、

このシンプルさに気付いて、みんなどんどんシンプルに生きれたら素敵だなって思う。


笑って、

楽しんで、

怒って、

泣いて。

その場で完結、ただそうであることに安心していられるように。



皆様にとって、素敵な年でありましたように。
皆様にとって、素敵な年になりますように。
そして今、平安でありますように。

今年の更新はこれでおしまいです❤︎

また来年もよろしくお願いします!



にほんブログ村 主婦日記ブログ 専業主婦へ
にほんブログ村

やーやーやー。 お元気でしょうか~~? ちょっと前に書いた記事を見てみてたら、 おお~~~こんなこと書いてたんやな~~、 いったい誰が書いたんや~~、 って思えるような不思議な感覚に襲われております。 時折ですね、 質問をもらうんです。 「この不安をど ...

続きを読む
やーやーやー。

お元気でしょうか~~?


ちょっと前に書いた記事を見てみてたら、

おお~~~こんなこと書いてたんやな~~、

いったい誰が書いたんや~~、

って思えるような不思議な感覚に襲われております。



時折ですね、

質問をもらうんです。

「この不安をどうにかしたいです!」

「どうやったら恐れがなくなりますか??」

などなどですね~~、主に、不快と感じる感情について。
(そういうのわたしのお得意分野なのでしょうか?笑)



恐れや不安が出くると、

その不快さを感じたくないがために、

人は、何かをやってごまかそうとしたり、

違う思考を持ち出して、その不快さを感じないようにするんですね。

その前に、この不安や恐れの感情がでる仕組みをこっちの記事でチラっと書いてるのでよかったら読んでみてください。
↓↓↓

恐れ(イヤ~、怖~~い)と共に過ごしてみる


過去の記憶が沸いてきたり、過去の記憶をもとに、未来を想定して、自分にとって都合がよくないことと判断されたときに、その不快な感情が上がってきます。
で、その不快さを消すために、さらに、違う思考を持ち出して、それをどうにかしようとします。
そして、その思考がまた違う感情を生み出したりして、
思考の物語にどっぷりとつかってしまい、そこから抜け出せなく感じたりするんです。

思考が永遠と「こうすればこうなる」「こういうときはこうだ!」など、いろんなパターンを考え出すのですが、
そこに自分の求めてる答えがないがために、ずっと苦しさが続くのです。

一時的に和らいだように見えることがあっても、そうやって抑えられた感情は違う形でまた出てきます。


で、じゃあどうやったらこのループから抜け出せるのかというと、

ただただ、そこに出てきた感情を味わってみるのです。じっくり見てみるのです。

最初は、こんなに辛いのはあの人がこんな態度を私にとったからだ…など

なにかしら理由を探すかもしれません。

分析なんぞもしてしまうかもしれません。

いろんな思考が沸き起こってくると思いますが、

それらをいっさい横に置いてみて、

純粋なその感情だけにたどり着くようにします。

恐れや怒りと思っていた感情だとしても、

「恐れ」「怒り」といった名前を外して、

ただただ沸き起こっている感覚だけに寄り添っていきます。



途中で、こんなの耐えられない!と思う感情も沸いてくるかもしれませんが、

それでも、そこに立ち止まって感じてみます。

涙が出る人もいるかもしれません。

発狂しそうで歯を食いしばる人もいるかもしれません。

両方の人もいるかもしれません。

抑圧してればしてる分出てくるものも大きく感じられます。

でも大丈夫です。

ずっと見ていると名もない感覚だけが残ってきます。

とことんその感覚に入っていきます。

ピークに達したら、感覚が怒りや恐れから何か別の感覚に代わっているのに気づけます。

そこにはもう怒りとも、恐れとも、悲しみとも呼べない新しい感覚だけが在ります。

そして、そこにとどまっていると、

徐々にそれがス~~~~~っと消えていく感覚を感じられるようになります。

だんだんと静まっていく様子まで、すべて感じられるようになってきます。

そうなると、

自分が恐れていたものは、

恐れでも不安でもない、

ただの感覚だったということがわかります。

もう、同じ思考が沸き上がっても、その不快な感情が出てこなくなります。




ここで、一つ注意しておきたいのは、

不安な感情が出てこさせないようにするためにこの「感情をしっかり見る」ということをするのではなく、

その不快な感情はあってもぜんぜんいいものなんだと知ることなのです。

不快と思っていたけど、それは単なる一つの感覚であり、

怖いものでも、嫌うものでもなんでもなかったんだとわかることなのです。

すべての感情がただの感覚として沸き上がってきているということがわかると、

それを恐れる必要がなくなります。

出てきてもいいもんなのだ!と思っていれば、暴れることがありません。


暴れたとしても、それを許してるからいいんですよね。



喜怒哀楽が激しい子供などを見て、イライラしたりする場合は、そういった自分の中にある感情を出すことを我慢してるかもしれません。



元々は名もない感覚に人間が後付けで

恐れ

不安

悲しみ

不快感

など名前をつけてるだけで、

どんな感情もあっても良かったのです。

これは良い、これは悪いと判断するとき、

悪いことを消し去ろうと抵抗が起こります。

全部あって良かったんです。

ただありのままの感覚があることが分かることで、

そこにべったりくっついてた思考もゆっくりほどけてきます。


環境や人のせいにしても苦しみから逃れることはできません。


自分だけが、自分を自由にしてあげられるのです。


それは、思考と感覚からの解放です。




ちょいちょい見にきてくださってるみなさま、
ほんとにありがとうございます!!
こんな感じで良ければ、更新を増やそうかと思い始めてる私です。
↓↓↓

にほんブログ村 主婦日記ブログ 専業主婦へ
にほんブログ村

やーやーやー。 ネガティブに見えることが起こっても良いんです。 不安になってもいいんです。 悩んでも良いんです。 無駄に見えることが起こっても良いです。 すべてはただただ意味なく起こっているだけなのです。 その一見ネガティブに見えることが起こっていて ...

続きを読む
やーやーやー。




ネガティブに見えることが起こっても良いんです。

不安になってもいいんです。

悩んでも良いんです。

無駄に見えることが起こっても良いです。


すべてはただただ意味なく起こっているだけなのです。


その一見ネガティブに見えることが起こっていて、

それを排除しようとするとき、

それに抵抗しようとするとき、

それをなんとかしようとするとき、

苦しくなります。


一緒に居てあげればいいんです。

そばにいてあげればいいんです。

大丈夫と声を掛けてあげればいいんです。

出てきた感情を嫌わずに、

そのまま丸ごと味わってあげればいいんです。


「いてもい~よ~」って。




思考は、良い悪いの判断を即座に下そうとしますが、

ただただジャッジせずに受け入れていくんです。



悩みも、不安も、悲しい感情も、

それらが出てくるたびに、

どっか行って欲しい、

こんな気持ちになるのは嫌だ、

どうして、こんな思いしなきゃいけないの?

って、無意識に責めたり嫌ったりしてしまう。


けど、ほんとはあっていいもの。

あっていいものというより、

それを不快と判断してるのはただの思考。


もともと、不快な感情があったわけじゃない、

もともと、ネガティブな出来事が起こったわけじゃない、

もともとは、ただのエネルギー。

それを、不快、ネガティブと判断したときに、問題が生まれたように感じるだけ。




その不快さが嫌で、

その不快さに×をつけたとき、

目の前の出来事、感情を問題と感るだけ。


その判断が消えたとき、

判断しないとき、

ただ、目の前に起きてることを、感じることを真に見るとき、

自分が考えていたような恐ろしい事。。。。そんなものは最初からなかったと気付きます。

ほんとのほんとは最初からそんなものは無かった。


それは、何か負の感情が出た時に、嫌わずに感じ切って見ると、それがほんとにただの何でもないものだったと分かります。


排除しようとしたら、大きくなって出てくる。

対処しようと抵抗すれば、

それがリアルになる。


でも、

ほんとのリアルは、何も無い事。

何も起こっていないこと。


出てきたものを嫌わないであげる。

ただそっと受け取るとき、

そこにはもともと微動だにもせずにずっと横たわっていた愛だけがあったということに気付きます。


外がわを一生懸命変えようとしてるとき何も変わらない。

問題と思えるそれらを無条件で受け入れるとき、

問題と思ってることは何も無かった、、、と頭ではなく、感覚で受け取るのです。


ゆえに、頭でどうこうしようと考えてる間は、何も受け取りません。

思考は真実を見れないのです。

思考はただただごちゃごちゃと真実を見れないように作戦を立てて邪魔してきます。

真実を受け取るのは思考ではなくハートです。

存在です。

全体です。

自分ではない何かが受け取るのです。


だから、

「受け取れない~~~なんでだ~~~~」とかも考えなくていいのです。

受け取るときには受け取るし、

受け取らないときには受け取らない。

ただただ、ダラ~~~っとして、

ゆる~~~っとして、

勝手に受け取っていけばいいです。

最初からわたしたちは勝手に受け取るだけでいい存在なのです。(というか、それしかできないのですが)




全てが完璧で最善のことが起こっている。


たとえ、表面的にはそうは見えなくても、そういうもんなんだ~~とゆる~~っとしてみる。

それだけで、

自分の思考では考えれもしなかった気付きが受け取れます。


も~~~~っとゆるく、も~~~~っと力を抜いて、

大きく深呼吸。











久しぶりに書いたのがこんなのでびっくりですが、
突然出てきたので、書いておきます。
久しぶりになった理由とか、何してたかとか、そんなんも全く書かず、相変わらず失礼な女ですね。
とにかくとにかくいつものことながら元気です♡
↓↓↓
にほんブログ村 主婦日記ブログ 専業主婦へ
にほんブログ村

やーやーやー。 これは私が半年ほど前に得た気付きです。 にほんブログ村 「時間」 この時間も私たちが作りあげている「概念」。 時計を見て日々動いて、 あるように感じる過去と未来。 「今」を目の前にしては時間は概念にしかならない。 昨日も明日も ...

続きを読む
やーやーやー。



これは私が半年ほど前に得た気付きです。



にほんブログ村 主婦日記ブログへ
にほんブログ村





「時間」

この時間も私たちが作りあげている「概念」。


時計を見て日々動いて、

あるように感じる過去と未来。



「今」を目の前にしては時間は概念にしかならない。


昨日も明日も、

1年前も1年後も

全て頭の中でしか起こることのない、

実在しないもの。


起こっていることはたった今、この瞬間に起こっていることだけ。

それ以外はほんとは何も起こってない。

起こっているとしたら、

それは頭の中で起きてるただの幻想。


誰かが作った時間という名前とルールの中で動き、

その中で、ゆっくりしてみたり、焦って見たり、

まるで私たちが、さも時間に合わせて生きているよう。



でも、本当の本当は、

私たちは時間にも左右されない存在。



時間に遅れたり、

間に合わなかったり、

すごく時間を余らせてしまって退屈したり、

時間に左右されることが多く感じてしまうけど、

実際は、時間ですら、自分を拘束することはできない。



すごくすごく焦ったり、

急いでやらなきゃ!

早くやらなきゃ!




いつも何にそんなに焦ってしまうのか。




なぜ、そんなに急ぐ必要があるのかを理由を探しても、

表面的には

「時間が足りない」

「時間に間に合わない」

「そんなにゆっくりしてる暇はない」

ってな答えが浮かぶけど、

ほんとのほんとはどうなの???



時間がたっぷりあれば

もっと物ごとを自分のペースで進められる?

(その自分のペースとしての早い、ゆっくりはあるのだけども)



たくさんの人はそうはならない。


時間がたっぷりあれど、

やることはさっさと終わらせ、

そんなに焦ってやる必要のないことまで一生懸命焦ってやってしまう。

今やる必要のないことまで、未来が困るからといって今やってしまったり。



その焦りが子どもに移り、

「早くしなさい!」
「早くやりなさい!」
「なにやってるの」
「後で困るから今やっときなさい」

って変わって、

ほんとに、なんでそこまで??と不思議に感じるほどに、子どもを急かす。


早く、効率よく、時間を有効に。

しみついちゃってる。


焦ってやったその先にほんとは何がある??ってゆっくり自分に問いかけると、

答えは


「何もない」


ということが分かってくる。

(何もないというのは、予定とかではなく、目に見えない不安だったり、心配=今起こっていない実態のないもの。)


その何もないことに向かって一生懸命焦っていて、

一生懸命神経すり減らして、

私はいったい何をしていたのやら。


そのことに気付いてから、


焦るたんびに、

「焦ってやらんでいいんよ!」

「焦ってるで~~~!」

「そんなに急いでどこへ行く?」

「この後、別になんもないよ?」

「今、それを心配してやらんでも、先のことは先で考えればいんよ!今やりたいことをしなよ~!」

「誰も怒らんよ?!」


すると不思議、


思考でせっせと効率を考え時間配分を考えてあれこれやるときよりも

数倍パフォーマンス力が上がる。

そして、さらには、時間の感覚が一気に変わる。


自分の感覚で動き始めると、

「もう2時間はたったやろ~~」って思ってても

時計を見たらまだ30分しか経ってなかったり、

逆に、瞑想とかして、15分くらいやったかなと思って時計を見たら1時間近くも経ってたり。


どんなに1日をゆっくり過ごしたとしても、

寝る前には、1日あっという間だったなと感じたり、

1週間前の事がさっきのことのように感じたり、

時空間の時間が突然消えて行く。


結局、時間を足りなくしていたのも、もてあましていたのも全部自分だった。

朝の子どもが出かけるまでの1時間を3時間くらいに感じる時さえある。





目に見えないものを恐れて、

焦って、早くしようとしたり、急ぐ必要はどこにもなかったようです。




そして、すごくおもしろいことに、

結局、これだけ内面的な時間の感覚が変わって来ても、


起こる事は、今までと全く同じ。


これまでと同じように、

時間は流れているように見え、

実際時計はコチコチ動いていて、

いつもとなんら変わらない。

時計は今まで私に、「もっと急げ」と一言も言ったことはなかったのだ。

私が勝手に時計を見て、

時間を計算して、

勝手に「早くしろ」と受け取ってただけだったのだ。


起こってる全ての事は誰をも束縛しない、

誰をも攻撃しない

誰をも拘束することなく

ただただ何も主張することなく

そういう性質で、そういう様(さま)で起こってただけなんだと気付くのです。





いつも読んでくださるみなさまありがとうございます♡
またまた夏休み明けの報告とかまったくない記事になってしまいました~~!
↓↓↓
にほんブログ村 主婦日記ブログへ
にほんブログ村

やーやーやー。 連投です。 にほんブログ村 どーしょーもない自分を好きになったら、 どーしょーもない子どもがかわいくみえます。 どーしょーもない自分を認めたら、 どーしょーもない子どももそのままでいいことがなんとなく分かります。 ほんっとに、子ど ...

続きを読む
やーやーやー。


連投です。

にほんブログ村 主婦日記ブログ 専業主婦へ
にほんブログ村





どーしょーもない自分を好きになったら、

どーしょーもない子どもがかわいくみえます。


どーしょーもない自分を認めたら、

どーしょーもない子どももそのままでいいことがなんとなく分かります。




ほんっとに、子どもって、どーしょーもないこといっぱいやらかします。

何回言っても聞かないし、

次の瞬間は抜けてるし、

あ、元々抜けてるし、

大人目線で見たら、

「なんでそんなんできんのよ~~~~!!!!!!!」だらけです。


本人なりに、一生懸命でどーしよーもないわけですから、

まさしくどーしょーもないですね!




でもね、こどもの至らない部分を見て子どもを指摘したり、

激怒する暇があったら、

ちょっと自分のできない部分とどーしょーもない部分をじっくり見てみる。


あ!!!自分はそれ以上にできてないわ!!!!


ちゃんちゃん!です。


よくよく観察してみると、

私は、子ども以上にどーしょーもねーってことに気がついたんです。


素直じゃないとことか、

ひねくれてるとこなんか天下一品でしたね。



できてない自分を一生懸命カバーすることは上手くなってますが、


できてない自分を認めたり、

さらけ出すことには勇気要ります。


子どもは、そのできてない至らない部分をカバーしようとしない。

そのままさらけだすことの名人。


大人に叱られて、シュンとなるときもあるけど、1分後には復活!


大人は数日、下手したら数カ月、ひどいと何年も引きずったりね。


子どもにも、

「かーちゃん、これできんのよ~~~!」

「あ~~~!!!!苦手~~~~!!!」

「あ!!!!忘れとった!!!!」

「やっべーーーーーー!!!!!!(連発)」

「ママは、いっぺんに言われてもできません。一つずつ言って下さい。」

泣いてみる。

悲しんでみる。



完璧な母の姿を見せることにエネルギーを費やすのより、

ダメな自分をちょいちょい見せていく。

すると、

子どもは、そんなダメな母親を、

とてつもなく大きな心で許してくれます。

(別名・気にしてない。)



そんな風に子どもに許されると、

また安心して、子どもになって行けます。


子どもも同じです。


失敗も、できないとこも、

許してあげてると、

安心して、大人になっていきます。


ほんっとに、自分が抱えてた、


許されないこと

しちゃいかんこと、

やらなきゃいけないこと

多大なる思い込みによる

勝手に作ってる恐怖って、


実際ぶちやぶってみると

屁だったんだな、と思わされるわけです。



自分がどーしょーもなくなればなるほど、

周りがすごく見えるし、

子どもすらもすごく見える。

「ママ、明日は、これ要るからね~~!」

「ママ!これ、準備した!?」

「やっべーーーーーー!してねーーーーーーー!!!!!!!」



子どもがいろいろ教えてくれます。


そして、お互い忘れる時もありますが、

お互い助けあって生きてるようにも感じます。


できる時に、お互いにできることをする。




自分ができないことを棚に上げて、子どもにできるようにと要求してると、


「ママだってできてないじゃ~~~ん!!!!!」

と言われ、

図星のママはカッチ~~~ン!!!!ってなります。


それをねじ伏せようと、

また上から相手のできてないところをかぶせて言ったり。

はたまた、その脇の甘さを見られないように、

ますます自分に隙をつくらないように、

完璧になることに頑張ってみたり。


全部、逆だったんですね。


ぜんぶゆるくでよかったみたいです。




最近私は、ちょっとできたら、トド(夫)に褒められ、かなり調子に乗ります。

昔は、相当がんばってたんですが、

それなのにちょっと忘れてたことや、

ちょっとミスしたことばっかり指摘されてる気がして、ほんとに気が休まる時がありませんでした。


今は、

「できません!」

が基本スタンスなので、

できると、大喜びされます。


変なプライドはほんと早く捨てたほうが良かったですね。


なんでこんなに楽なのに、

あの時はあんなに守ってたんだろ~~~。


ああ、不思議。


ど~しょ~もなくてぜんぜん良かったんだ。






いつも読んでくださるみなさまありがとうございます!
連投連投♡
↓↓↓
にほんブログ村 主婦日記ブログ 専業主婦へ
にほんブログ村