私は親と仲がいい。




でも心の奥底ではいつも親を責める気持ちがあった。


こんな風になったのは母親がこんな風に育てたからだ、この性格は父親そっくりだからダメだと思っていた。

母親は何を言ってもやる前からダメダメ、そんなのやらないほうがいい、それはやめたほうがいい、と言う。

昔は実家に帰るのが楽しみだったのに、帰れば必ず一回は怒鳴りあいの大喧嘩。どちらかが折れるまでバトルは続き、ラチがあかない。
あくまで正論を言ってるつもりの私も、母親には正論などまったく通じない。

とにかく、あ、うん、そうなんだねー。と言うことを言ってくれない。


父親が、歳がいってきて頑固になって、何でもしょーもないことで突然母親を怒ったり。

自分の子どもたちにその姿を見せたくなかった。
少し帰省が億劫になっていた時もあった。



私は何かあるたびにに、都合の悪い事は人のせいにしてた。

そしてその人のせいにするのも親のせいだと思っていた。



私は、母親、父親、それぞれ嫌なところをノートにひたすら書きまくった。

ノートにいい事だけを書けと言うのは聞いた事があるが、嫌いな事だけ。

覚えている限りの自分が両親に対して抱えている嫌な思い、つらくてしょーがなかった事、習慣、直して欲しいと思っていたとこ、忘れ難き一語一句も。幼少期からのことも大人になってからのことも。今の感情も。

書いているときは怒りが込み上げて、ペンが進む進む。

字もほぼ殴り書きになっていた。

何日かそれを続けていた。

怒りをとにかく書いた。

それを書いたからと言って、目に見えた変化はない。

一通り嫌な所を書き尽くすと、もう書くことがなくなった。


そして、それはもう過去の事。
変える事もできないし、
今からも彼らは変わる事がない。
彼らは彼らの思う正しい事をやっているのだ。
違うと思っているのなら正していたに違いない。
私が正論を言って、そうだなと思えば、うん、そうだね。って言っていたに違いない。

でもその正論さえも、私の中の正論であって、彼らにはその価値観がない。



人を変えるのは無理なのだ。

それはどんな本にも書いてある。

親も私と同じ人間なんだ。

もう親は私にとって従うべき絶対的存在ではなくなった。

書き尽くして、何日か経ったある日、
親も同じ人間だと言う事は、親も悩んだり、不安を抱たり、子に認めてもらいたい。親だからずっと親の尊厳を守り続けたいと思っているのではないかと思った。

だったら、自分自信を確立させて、譲れない部分は譲れないという自分を作ろうと思った。

でもそれを親に押し付けたり、理解してもらおうとも思わず、交われる部分だけで交わって行こうと思った。
同じ価値観の部分だけで共存しようと思った。


嫌な事を全部書き尽くすと、今度は彼らのいい所がポツポツ思いうかんだ。

あまりに子供にこんなに恨まれてる親もかわいそうだなと思いはじめたのだ。親もそれを望んで子どもを育てているわけないからだ。


そして、そこから、
ノートは自分がどうありたいか、
どんな人生を送りたいか。

どうしてそう思い、それを目指しているかのノートに変わっていった。

するとどうだろう。

不思議な事に、遠距離でいつも親としている電話がすごく楽になった。
時々楽しくもさえ感じるようになった。

何を思ったか、考えてもみなかった親の面倒も「あんたたちどっちか先に死んだら、残されたほうはこっちに来てくれたらいつでも面倒みるからねーーー」なんて口走ってるではないか!!

親の面倒をみるなんて、今まで考えた事もなかった。

むしろどっちか先に死んで、こっちにきたら私の負担が増えてしまうではないかまで思っていた。

でも今の心の状態はそれを受け入れる覚悟ができていた。

楽しいんじゃないかな?という気さえするようになった。

するとどうだろう。


親が、特に財布の紐が固い母親が、財布の紐を緩め始めた。

カップボードのブログをいくつか書いていたが、実はカップボードも母親がほとんどの資金を提供してくれることになった。

引っ越ししてからずっとカップボードが欲しいと言っていて、「まーそんなのあんたにはまだまだ先だわ。」とか、「あんたは可愛げがないから一銭も出してあげたいって気分にならない。もう少し可愛げがあったらなー」と、あしらわれ、自分でいつか買うしかないと諦めていたのに、突然「あんたが欲しいカップボードはいくらなの?」と言い始めた。

あまりに突然の話で、あまりに急にカップボードが現実的な話になり驚いた。
カップボードを狙って親に面倒を見ると言った訳ではもちろんない。

親の面倒とカップボードでは釣り合いが取れなさすぎる。笑



よくよく考えると、親も不安パンパンで、娘には絶対面倒を見てもらえることはないだろうと考え、固く自分のお金を守っていたんだと思う。

私が少し変わった事で、親も変わった気がした。

そして、いい意味でお互いにいいエネルギーを交換し合えた気がした。

この降って湧いたようなお金で、
寄付でも、と考えたが、
そこはさすが私。

まだそんなに仏様のような寛大な心はまだ持ち合わせていなかった。

でも、そんな風な感じで、何かが少しずつ変わってきている。

先週親が車で愛知まで遊びに来た。

久々に楽しかった。

喧嘩もせず、父親が母親を怒る姿も一度も見なかった。

帰る時は少し寂しさを覚えた。

親の近くで結婚してたら良かったかなと思った。

でも今こうして自分を変えようとできたのは紛れもなく親から離れている自分がいたからだ。そこに後悔は無しとしよう。


片付けと掃除で自分の理想の暮らしを求め始めて変わった、ある一つの親子の出来事だった。

まず自分の周りを整えると、自分に集中して向き合う時間ができるという事だ。




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