人の「悩み」って、悩んでない人からしたら、

「なんだそんなこと?」なんだよね。

でも、本人にとっては海より深く、
空より高く、

掘り下げるも、登るも行かず、

にっちもさっちもいかない状態。



悩んでない人は、悩んでる人の気持ちを分かってあげられるようで、

分かってあげられない。


その事を経験してないと、所詮、テレビや本での知識の範囲、自分の周囲の人の体験談でしか解決策を教える事はできない。


そう。

その時は慰めてもらえるありがたい存在。

聞いてもらえるだけでも気が晴れたり。



けど、

アドバイスを受けたり、

慰めてもらっても、



そこからどうするかは自分次第。



変わりたい気持ちをどこまで、変えられる自分に持って行くか。





まず、今日は「お金の本質」について。

お金の悩みを無くすにはお金の事をまず知る必要がある。


そもそも、お金って何?

考えたことある?





「お金」とは、

ただの紙であり、ただのコイン。

でも何で、この紙やコインに人間はこんなに心を踊らされたり、乱されたりするの?


まずお金っていうものを
ニュートラルな存在で捉えてみる。

いつでも誰にでも中立な立場であるもの。


誰の味方でもなく、誰の敵でも無い。



お金が汚いとか、

お金の話をするといやらしいとか、

お金は一生懸命仕事をしないと得れないものとか、

お金の話になると、ソワソワする。(悪いソワソワ)

請求書がくるとビクビクする。

減るのが怖い。

いくらあっても足りない気がする。

常に安い物を選んでしまう。

溜め込んでしまう。

将来お金がないと不安。

お金は人を狂わせる。

お金が無いというのが恥ずかしい。

お金の話を堂々と口にできない。

お金は……

というようなお金に対してマイナスな考えは、

あくまで、「自分でその価値感をお金に勝手にくっつけてるもの」であって、

こういう場合は、



「お金と自分が不安関係で成り立っている。」

「信頼関係を結べていない。」

「お金と上手に付き合えてない。」

「お金と仲良しでない。」

と言うことが分かる。

お金を自分から遠ざけているパターン。





お金に対して、負のイメージや価値観を持っている。(その価値観も刷り込まれたり、自分で作り出したもの。)


たいてい、これは幼少期に


「親がいつもお金の事で喧嘩していた」

とか、

「いつも借金取りが家に来ていた。」

とか、

お金の話を人前ですると

「卑しいからやめなさい」と親に注意されたり、

お金の話をすると、親が極端に嫌な顔をする

とか、

お金を稼ぐために、いつも親が家におらず、いつもうちでは1人。

お金が無いから、自分は1人にさせられていたんだ。

いつも我慢ばかりさせられていた。



など、

自分が嫌な思いをした経験が、お金が原因だと思ってる場合が多い。



けど、ここでも単純に考えてみると、

お金に罪はない。

お金はただ、そこに「ある」か「無い」かだけであり、

いつも皆に中立であり平等なのだ。



100円は皆に対して100円であり、


1万円は皆に対して1万円であり、

自分に来たときだけ、価値が下がることはない。


だから、お金がないと、どーこーだと言うのは、

自分が作り出した勝手な妄想であるわけだ。



自分で、そのお金に対する価値観を植え付けているのだ。

そう、お金に価値を与えてるのは自分。

お金の価値を下げているのも自分。


外国人が、日本の紙幣を持ってても使えないと思えばただの紙切れで、

自分の国で自分の通過に変えられなければ、捨ててしまうことさえできる。


話が逸れた!!


戻って、


借金取りが来ても、親が楽しそうに借金取りとダンスでもしていると、お金に対してのイメージも悪くなることはないだろう。



お金が少なくとも心豊かに暮らしている人もいるし、

大金持ちでも、まだまだ足りない、減るのが怖いと言って、毎日不安に過ごしている人もいる。


お金は、

皆に平等であり、

中立であると同時に、

「エネルギー」である。



では、エネルギーはどのように機能してるか。


続きます……




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