やーやーやー。



あの~~~。

この間コメントをいただいて、そのコメントの返信を書きながら思ってた事があるんです。


そういえば私もよくそんなこと考えてたなあ~、って。





「家にお友達を呼びたい。でも家が汚いからなかなか呼べない。

でもキレイにできない。じゃあ、ありのままの部屋をみてもらえばいんじゃないか。」


と、よく思っていたもんだ。

でもありのままの散らかった部屋に人を上げるのがやっぱりイヤな自分。(それも本心なのは確か)

どんなに疲れても、人が来る前にはある程度頑張って片付けをしてしまう。


どんなに割り切ろうとしても「やっぱり無理~~~~~!!!!これはさすがに見せられね~~~」


急に来ると言われても、来るまでのほんの少しの間でも、洗濯物を違う部屋に持っていったり、

散乱してるおもちゃをとりあえずおもちゃ箱にブチ込んだり、

その動きはまさに別人(いつもそれやれよ!!!)


やっぱり、そのままを見せようとできない私。




それは、

「散らかってるな」と思われたくない。

という気持ちと、

「いつもキレイにしてるね」

と思われたい気持ちがあるから。


2年前は常にそんな気持ちでお片づけをしていた。




でも、考えようによっては、こう考えても良くない?




散らかっているのがいつもの光景かもしれないけど、


「いつもキレイな部屋で過ごしたい」と思っているのも本当の自分。(そこに嘘はない!)



だったら、その、「その場限り」だろうが、「ちょっとの間」であろうが、本当に自分が望んでいる部屋にして、そのまま人に見てもらうことは、

「汚い部屋をささっと片付けてとりつくろって見せてる」わけでもなく、

ありのままの自分(自分がそうしたいと心から願ってる部屋)をそのまま見せてるってことになるよね。

いつも、自分が心から望んでいる部屋の状態にして人を上げるってことは、

自分には最高に正直だよね???

そこに他人の目を気にしたりする思いは入ってないもんね???




綺麗な部屋でお茶を楽しみたい。

キレイな部屋で会話したい。

そこに、「今日だけキレイ」とか罪悪感を感じる必要はないよね。

「普段から常にこんな部屋でいたいと思ってますけど、何か??」

「これが本当の私の部屋で、いつもは若干想定外の散らかりが起きてますけど、何か???」




人を上げる時だけキレイな家にしてる自分に罪悪感を感じない。

そこを責めない。


人が来るからキレイにする。

そういう他人目線ではなく、お片づけはいつでも自分目線。

キレイにしたいと思っている気持ちは元々自分の中に秘めてたもの。


そこをもっと見る。





人が来ることは単なるきっかけ。

だとしたら、人が来るからキレイにしてるっていう気持ちを置いといて、

私のキレイって思ってる部屋にお客様をお通ししてあげよ!って気持ちにする。

「私のありのままの気持ちを部屋にしよ。で、その後にお客様がくるだけ」

すると、

前日の片付けが一気に楽しくなる。


ま、普段からできてるにこしたことはないけど、やっぱり部屋は片付けないと散らかるものだから。

一度キレイな状態に戻して、お客様を招いたら、それで終わりじゃない。

自分の気持ちをそこから持続させるように、

また、使ったものを元の場所に戻して、

それをキッカケにまた少しだけでも進めていけばいい。



少しでも、自分が過ごしたい部屋になっていけばいい。


目的が、「人が来るから」になってしまうと、

人が来て、目的が達成されてしまうと、

部屋は見るも無惨に一瞬で元通りのぐっちゃぐちゃ。



もっとその先にある、自分の中にある気持ちに正直になると、

その一瞬を少しずつ先に長く伸ばしていけるかも。






えーこと言うやないかい!!






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