なんか、よく本のタイトルにありそうなタイトル。



過去の出来事を忘れられず、ずっととらわれている。

未来に不安を抱きすぎる。


片づけをしていると、自分がどこの時点で止まっているのかが良く分かる。



過剰に服を持ってたりストックを買いまくっていると、未来に不安があるのかな。。。

高級品が捨て難いのもそのうちの一つ。

未来にそれを買える自分を想像できないからだ。



逆に、写真が整理できない、昔の習いごとの道具が捨てられないのは、過去のどっかの時点から自分が離れきれないのかな。。。



私は、この未来に対する不安は以前と比べかなり解消された。

ようやく楽しい未来、それを手にすることができる自分を想像することができるようになってきた。




残すは過去。


写真が整理しきれない。

楽譜が捨てきれない。

猛勉強した時のノートが捨てられない。


何回か捨てようと心みたが、やはりまだすべてを手放せない。

写真1枚1枚。楽譜1つ1つ。ノート1冊ずつ。

向き合うとするなら途方もない時間になるだろう。



私はその途方もない時間と向き合うのが嫌なだけだろうか。

それともやはりその物の持つ過去と向き合うのが嫌なのだろうか。

私は一体それらの何に執着してるのだろうか。。。



その過去を手放すと自分はどういう風になるんだろうか。

まだ自分はそれを手放せる状態になってないのだろうか。


何も考えずにただゴミ袋に入れるべきか。


すると楽になれるだろうか。


もう少し、向き合って、少しずつではあるが手放していくべきか。

完全に煮詰まっているような…


が、



こうやって書きだしていると、自分の考えが少しだけ見えてくる。



私は、「頑張っていた。」「頑張った。」

これらを証拠として残しておきたいんだ。


認められたかったんだ。 認められたいんだ。


誰に?

誰かわからない。

自分に?

他人に?

自分をまだ肯定しきれていないものが山となって、そこにある。

でも、今後もその過去の栄光で他人に認められたい?

今、やりたいことをして楽しんでる自分を見てほしい?


それも結局他人を基準にする?




今は自分で自分を大事にしたい。

片付けを始めてからそう決めた。

他人にひどく気を使ってた自分に優しくしてあげたい。




となると、おのずと捨てるべき問題が解決してきた気はする。



それらを「いい思い出」として残すにしても、もっともっと絞り込まなければならないくらい沢山の量。

だけど、絞りこもう。

「ちょっとしたいい思い出」くらいに。




家の1階部分はほぼ「今」を生きている。

自分でも、「使うものや使っている物」にだいぶ絞れてきている気がする。

外出しても、その瞬間の自分を楽しめるようになってきた。



しかし家の2階に上がると、隅にやられ「手をつけれない手放せない物」が、「今を生きろ」と話しかけてくる。


この関門を突破したら新たに何か見えてくるものがあるかな。

今以上に、「今」を感じられるようになるかな。



楽しい 「今」 を想像すると、、、、、


少し"できる" かなって気になってきた。







相変わらずの自問自答にお付き合いいただきありがとうございます。

夜もふけてきたので内容が重め!!!


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