やーやーやー。


お風呂で娘が強烈な裸踊りを始めたので、慌ててスマホを取りに行き動画を撮った。

撮れた動画を見せて見せて~というので、見せたら、


「裸だから気持ち悪いね」


5歳児にして客観的感想。


イヤ、私にとっては、なんでもかわいく見えるけど、

客観的に見たら確かに気持ち悪いかもね。。。。

5歳児って、赤ちゃんのように、ただただ可愛い体つきってわけでもないし。

しかも踊りが踊りだから余計にそう思うね。


お母ちゃんの中だけで封印するわ。



さてさて、こんな女シリーズです。


それにしても、こんなに「こんな女ネタ」があるとは。

私も掘れば掘るほど腹黒ダーティーがあふれてきます。



何か行動を起こす時に、

それをガッツリやるか、

ちょろっとやるか、

どういうスタンスでやりはじめるかはある程度やる前に自分に選択権がある。



私は、人と関わることで何かを始める時には、どうしても深くコミットできない自分がいる。

理由は

「究極の飽き性」だからだ。

みんながやりはじめる「これから!」というような時に、すでに達成感を味わってしまってるのだ。



始めるまでの期間が長いから、始まってからが短い。


物ごとって始める時に一番のエネルギーを使うから、

そこに達した時点で全てを出しつくして満足してしまうのかもしれない。


例えば、がんばればもっともっと成果が望めるとか、

展開が広がるとか

ビジネスだったら大きくなっていく、とか、

「これからだ!!!」って時に、私はもう次の何かを探してしまうのだ。

大きくすることに興味がなく、

いつも言われることが


「もったいない!!!!」




何かを始めるまでに、「考えることに時間を掛ける人」=行動がなかなか起こせない人は、

辞める時に、それまで自分が費やした時間を考えると辞めるに辞めれないというちょっとした執着みたいなものが生まれ、

結局そこで、そのやっていることが、自分に合っていようと、合っていまいとずるずると続けてしまうのがパターンになってしまうというのはよく聞くのだが、

私に関しては、

ピークがやりはじめになってしまうので、

軌道にのってしまうと一気に私の中で終了の鐘が鳴る。


「飽き性」って、一般的にいうといいイメージは全くない。


わたしの好きな斎藤一人さんは、

「飽き性は立派な才能だ」みたいなことを言ってて、

当の本人も実に飽きっぽい人らしい。

でも、その飽き性なゆえに色々なアイデアが次から次へと生まれてきて、

彼がビジネスを大きくしたのは元より、

景気に左右されることなく長年繁栄し続けているのも、

その飽き性という性質を、うまいこと自分の長所としてとりこんでビジネスに上手く取りこんでいるからである。



で、

言っていることはめちゃ分るんだけど、


「それは一人さんだから許されるんだよね」

一人さんは、自分がやっている大きなビジネスっていう柱があって、

そこに「飽き性」を上手いこと作用させてるから、飽き性ですらすごく才能に見えるんであって、

わたしのような主婦、ごくごく普通の女がそれをすると、

ほんとにただの「無責任な女」とか「単なる飽き性」になってまうやんけ~~!

ってずっと思ってた。


けどね、最近、

「それがわたしだからそれでいいんかも。」

「それもしょうがない!!!」

「一人さんじゃなくたって、私にだってそれやったって自分を許す意味では同じやん!」ってちょっとずつ認めるようになったのね。



だって、認めないと、何やっても

「またどうせ飽きてやめるんでしょ」

「どうせまたすぐどうでもよくなって投げ出したくなるんでしょ」

っていう気持ちが湧きあがって来て、

その気持ちが

「やってみよう!!!!」

っていう気持ちまでガシガシ削いでいってしまうんだよね。


だからもう、



「どうせ飽きるのはわかってるけど、

やりたい!って今の気持ちは本物だから、今の気持ちを大切にしなきゃね!」

って自分を許すようになってきて、


私もそのことをちょいちょい周りに表明するようになってきた。


すると

なんと!


それに対する反応が、


「え??何が悪いの?それでいいじゃん!」

「世間は、長くつづかないことは悪いこととか、

飽き性にいい印象は持ってないけど、

それでも嫌なことをイヤイヤ長くやるよりよっぽどいいと思うよ!」

「ちょいちょい全部いいとこつまめばいいんだよ!」

って言ってくれる人がちょいちょい出てきはじめて、


昨日なんて、

「それがいいんだよ!!!」

って言ってくれる人が何人か出現してきた!という面白ろ結果に!



いや~ん!

また現実がちょいと変わりはじめてるわ~~。


で、実際は

何かやってみて、

「やっぱりわたし辞めるね」って言う事はまだそんなにやったことないから、

自分が何かを途中でやめてしまった時の責任の所在なんてのはどこにいってしまうのかは全然わからないんだけど、

それはその時の流れにまた任せてみようと思う。


もしかしたら、

私にも「飽きることがない可能性」だって、少しはあるわけだから!笑



自由でありたい自分を、

常識的な自分がいつも縛ってるんだよね。



でも、ほんとは自分の常識が変わると周りが変わる。


これをまだまだ1つずつ体感して自分で住み心地のいい環境を作っていきたい。





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