やーやーやー。

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悩みを抱えてる「私」

不足感を抱えてる「私」

違和感を抱えてる「私」

がごっそりいなくなると、


なんと、周りも同じように


誰も悩みがない…と思ってしまう。

元々、悩みのあった人なんて、どこにも存在してなかった…と。



悩みが出たとしても、

ずっと抱える事のできない一過性のもの。




正にそれは鏡の法則。

自分の世界は自分の心の中を世間に投影して見てるというのが、よく分かる。


一歩間違えると、

とんでもない無神経な女なのかもしれないが、

自分が何も考えてなければ、

相手も何も考えてないように見える。


たまに

「何も考えてない」

って言う人いて、

常に脳みそフル回転だった私には、

「ありえんーーーー!!!信じられん!!!

考えてないって口で言うてるけど、

絶対なんか考えてるはずーーー!!!」



と、疑いの眼でバシバシ見ていたが、


起こることが全て

に身を置くと、


考える必要もなく、

考えてもしょーがなく、

考えんでも物事は勝手に進んでいく

ってのが自然に起きてくるので、


もはや

ほんとに考えなくてもうまい具合に全てが進むから、

周りも、きっとそうなんだろうな。と思ってしまう。


むしろ、


みんなもきっとずっと昔からそうだったんじゃないんだろうかという気さえしてくる。


今まで、私だけが、人や、物、出来事を特定の固定観念で見ていて、

周りは元々とってもオープンで、

そのままで、

何一つ歪んでなかったんだろうと思えちゃう。





くったくなく笑う事も、

突然泣く事も、

~が理由で、~ができんーー!って言うことも、

良い出来事も

悪い出来事も

仕事をすることも、

主婦をすることも、



全てどこかで計算してやってるんだろうか?という疑いが抜け、


ただ、ただ、そうやってるorそうなってるだけで、

みんながやってることは、

何も特別な意味を示してないし、

何も現状をどうこうしようという動きでもなければ、

「今」から抜け出して、一生懸命何かを求める行動でも何でもなく、

ただあるがままの状態を

そのまま表現してるだけに見えてくる。


だから、

そこに計算や、深読みや、疑いは全くない。


イヤ、そういう思いが湧いてきても、

次の瞬間には消えている。


それを、ずっと引きずって、

「あの人はどうだ…」

「この人はどういう人だ」

「こう考えるタイプの人だ」


というレッテル貼りを続ける行為は終わり、

毎回、

新しい人に会ってる感覚になる。



「何も考えてない」って言うと、


「何も考えんからそうなるんでしょ!」

とか、

「ちゃんと考えてやらないと、痛い目に合うよ!」

なんて、過去の結果と、未来の不安を

「何も考えてないこと」にすぐくっつけちゃうけど、

ほんとは、「何も考えてない」ってことは、

小ちゃな子どもと同じで、

偏見や、特定の思い込みや経験で物事を見ない、

つまり、いつも


真っさらな状態なんじゃないのかなーって思う。

=「あなたのことを何も考えてませんよ!」って意味じゃなくて、


「何をしても、あなたのまま私は見てますよ!」って事の気がする。




知識がないとか、物を知らないとかとはまた別のお話ね。


知ってても、その事に囚われないって言うのかな。


だから、いつも、子どもって、どうしょうもないことしながらも

「すごい、すごい!」

って言われて、

勝手に周りから守られてるんだよね。



偏見の目を無くすっていうのは、

それが良いとか悪いとかの判断抜きに、

真実や事実をそのまま見れるってこと。

そして、それが自分の心の目そのものになる気がするのです。







いつも読んでくださる皆様ありがとうございます!!!
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