やーやーやー。




今日は苦しみについて。



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苦しみっていうのは


今あること、今起こっていることへの抵抗です。


今起きてることに対して、

「あ~もっとこうだったらいいのに」

「もっとこうしてくれたらいいのに」

「他の方法があるんじゃないだろうか」

「あ~!あの時にもっとこうしとけばよかった」

「私が悪いからだろうか」

と、

今じゃないどこかに答えを求めることです。



よくよく考えてみると、

今目の前で起きてる事以外はすべて頭の中でしか起きていない、想像の出来事です。


その想像の出来事を更に膨らませて、人はどんどん苦しんで行きます。


今あることに大きく抵抗すればするほど、苦しみも大きくなります。




人は、過去、現在、未来、という頭の中の時間軸(想像の時間、概念)を使って、

また過去の経験からのデータを用いて、原因と結果(概念)を考え、

そういった、「実際には目の前で起こっていない出来事」=幻想の世界で生きています。


自分の苦しみも喜びも全部頭の中でしか作られていなかった。


起きている出来事というのは、つねに中立であり、

誰をも批判もしなければ、誰をも罰したり裁くこともない。

どちらに味方してるわけでもなく、

どちらかを有利にたたせているわけでもない。

ただそう在るだけ。



無条件でそこにそうあるだけです。






それを私たちは、概念を使って、


ただそう在るものに対して、あらゆる解釈、判断、概念をつけて、それを意味づけていくのです。

そして、その意味づけられた自分の世界で生きて行く。


だから、その意味づけが自分にとって不都合であればあるほど苦しいわけです。



ほんとは、何もない。

何か特別なことが起こってるわけでもないし、

何か特別じゃないことが起こってるわけでもない。


ただ全ては私たちが考えたりする前に全て起こっていて、

私たちがそれを解釈して、意味をつけているだけ。


無条件というのは、文字通り

条件無しに、

判断だったり

良し悪しだったり

全ての解釈、

何の意味も

ラベルも貼られてないありのままの様子です。



そのラベルを貼ったのは私たち人間です。

自分が何かを意味づけて、

解釈したとき、

その解釈貼ったのはどこから来たのかな?って自分に聞いて見るだけで、


実はどこからでもない、

単にどこからか受け入れて自分が勝手に採用してしまったもの…ということに気付きます。


すこしずつ気付いて、


実際、今、目の前には何の問題も無いと気付くとき、人は長い夢から目覚めるのです。


夢から覚めても、

また、習慣のように、すぐに意味づけをして、

また違う場所へいこうとしたりします。

けど、

そのたびにまた気付いて、今に戻ってくるようにする。


そうこうしてるうちに、

今起こっていることと共に生きるようになります。




今じゃない違うどこか、

今じゃない違う何か、

これじゃない他の方法、

これじゃない状態、

これじゃないとこ、今じゃないとこに絶えず行こうとしている時、

そこには、ずっと不安と不足が付きまといます。


でも、実際には、


これしかないのです。


今起こってることが全て。


それ以外には何もないのです。


過去も未来も、頭の中の幻想であり、

原因と結果も頭の中の幻想なのです。



私が長い間、ずっと不足感を感じ続けていたのは、

この「今」をずっと否定しつづけていたからです。


これじゃない。

違う。

こんなはずはない。

自分の中にある恐れすら、

何かを手に入れたらこの恐れは消えるはず。


今からずっと逃げて、違うどこかに、私が求めているものがあると思い続けてたのです。


けど、気付きました。


そんな私が求めているものなんて、どこにもない。


どこを探しても、永遠に見当たらない。


だって、私が求めているものは、


何でもない「今、ここにあるものだった」から。




最初は、こんなわけない!!!

これのはずなわけない!!!!

こんなつまらんものを追い求めてたわけじゃない!!!!


またまた抵抗もいっぱい出てきました。




けど、結局「これ」や「今」に寄りそっていると、


不思議と、

過去と未来がす~~~~っと消えていくのです。

不足感が無くなって行くのです。


いつも足りない足りないっていう感覚が薄れて行きます。





不安や不足を感じるとき、

それはいつも、「今」からずれていることを教えてくれます。



今を受け入れるということは、

結構覚悟がいるように思えます。


なぜならば、

不都合に感じること

ネガティヴに感じること

嫌だと感じることすら

全て受け入れていく作業だから。




不都合を受け入れるのは嫌だ、怖いという、

過去の記憶のデータが瞬時に上がって来て、

変化を受け入れないように防衛しようとします。



最初はとても恐ろしく感じますが、

その恐れも受け入れて

恐れと共に一緒にいると、

その恐れがやがて、空(くう)に帰っていきます。



怖い事が起こっているとき、

誰かが一緒に居てくれて、

怖いねー、怖いねー、でもきっと大丈夫だよー

って言ってもらえるときっも安心しますよね!

怖いのが和らいでいきますよね。

それを自分にやっていく。


恐れが出たとき、

「やだ!見たくない!」

って、目をそらす時、

見ない事はできても、

隠しただけでその恐れ自体は無くなるわけではないのです。


全部受け入れて、

今と共に生きるようになるとき、



何も必要なかった

恐れを紛らわせるために、自分の外側を強化する必要なんてなにもなかった

わたしはそのままで問題など最初からどこにもなかったんだ、


という気付きがもらえます。







いつも読んでくださる皆様ありがとうございます。なんか、書きながら、「あれ?これなんか前にも書いた事ある気がするー!」ってなったんですが、今、また書いて!!ってことみたいだったので、そのまま書きました!誰かピンとくる人がいるかもです。

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