やーやーやー。


12月に入ってもうこんなに日にちがたっていてびっくり!


先月の末に、クリスマスの雰囲気出すために、

アドベントキャンドルなるものを作ってきました~!





私がこんなモノづくりをするなんていうのもキャラじゃないようにも思えるんですが、

キャラってなんでしょうね~。笑



人間って、そうやって、物ごころついたころから、

いろ~~んなイメージを自分と思ってる入れ物にペタペタ貼ってるんです。

私ってこうだから~~。

私ってこうなのよね~~。

私はこういうもの~~~。



そうやって色んなラベルを貼って、「私」という何かを作ってきて、

その「私」というものが必死に傷つかないように守ったり、良くしようって生きてるわけなんだけど、


実はそんな「私」っていうのはよくよく見てみると、どこにも居なくて、


最初からそんな「私」なんていなかった。。。


「わたし」というものをただの概念で作りあげていただけ

というのが分かってきます。


私たちがいつも使ってる「私」って、何のことを指してると思いますか??

身体???

思考???

感覚???

どれが自分だと思いますか???



はたまた全部ひっくるめて自分だと思いますか???


こうやって見てみると面白いんです。

私たちみんな、

体は自分の体だと思っているし、

感覚も自分のモノだと思っている。

思考だって、「私」の思考って。

でも、

身体=私

でもないし、

感覚=私

でもないし、

思考=私

でもない。


この3つは常に、

私の思考

私の感覚

私の体というように所有物として扱われている。


じゃあ、じっさいにそれを所有してる「私」ってどこにいるの?????って見てみると、

なんと、どこにも見つからない!笑


どこにも見つからないんだけど、

もう小さなころから、この体、感覚、思考が自分のモノと認識して生きてきたから、

それが定着しすぎて、私以外の何かとして考える余地がないんですね。

人間社会そのものがみんなそうやって生きているので、疑問に思うことすらもない。


ちっちゃい子どもって、名前を呼んでも、自分のこと呼ばれてるって気付いてない時があるでしょ?

「~~ちゃん!あなたのこと呼んでるのよ~!」って言っても、

ん??どれ??あ!!!!これ?これが私ってこと??みたいな。笑



だから、みんな元々は、この体を自分の体なんて思って生きて無かったし、

思考が湧きあがってきても、それが自分の思考だなんて思って無かった。

過去と未来をつなぐ思考なんてものも無かったし、時間という概念もなかった。

原因と結果の中に住んでなかったから、

何か起きても、次の瞬間にはケロっとしてた。


大きくなってくにつれ、

これはこうなのよ、

こうやったらこうなるのよ、

こうやったからこうなったのよー、

何時までに~~しようね~

これは~~って言う名前

ぜ~~~~~~~んぶ、教えられてきたんですね。


自分で何か直接経験しても、

それに説明が加えられて、

「あ~、それは悲しかったわね~~。」

なんて教えてもらったり。

「おおおお!これが悲しいというものなのか!」

と子ども心に思うかどうかは分からないけど、

それは元々は「悲しい」という感情でもなんでもなく、単なる何かの感覚だったわけで。

そうやって、

ただあった感覚、

ただあった思考、

をどんどん自分のモノとして、他のモノから分離させていって「私」ができあがっていったんですね。



だから、「私」って、実際の実体はないんだけど、

人とかかわって生きてく中での便宜上付けられた「後付け」の概念なんですね。




だから、もし、何か思考が湧いてきたり、

感覚が湧いてきたり、

痛みを感じたりしたら、

ただただ、それがあるんだな~~~ってゆる~~っと見てあげてみてください。

誰のものでもない思考と

誰のものでもない感覚。



そうなると、それがあっても

排除しようとか、

どうにかして、気持ちを楽にさせようとか

今じゃないどこかへ向かう必要も自然と無くなってきます。


あ、キャラの話がぶっとびましたが、

私たちは、イメージとかキャラとか何も所有できないんです。

もともと所有する人がそこには居ないので、

もう何でもありなのです。

なんでもありというと、抵抗があるかもしれませんが、

実は「なんでもあり」の起こってる世界が先にあって、

それに後付けで私たちがいつも概念を持って説明を加えてるだけなのです。



だから今日の私と昨日の私、

10年前の私と今の私、

数分前の私の気分と今の私の気分、

ぜ~~~んぶ違って逆に当たり前なのです。

私たちは何か固定されたものではなく、

常に変化するものなのです。


なので、何か固定されてしまっている概念やイメージをつかんで離せないと、

それが苦しみになってしまうのです。


こんなんもありなんやな~~~、

お!今日はこんなんか~~~

みたいに、

出てくる感覚とそのまま一緒に過ごしてあげると少しずつ何かがゆるんでくるかもしれません。



あるがまんまの世界っていうのは、ほんとに何も起きてません。

概念を脇に置いてみたときに浮き上がってくる「そのまんま」にくつろいでみてください。





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